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彼女の福音

あとがきにかえて 〜「彼女の福音」奇談〜

 

 

 二〇〇九年四月、僕はある中編SSを書いていた。

 後に僕のウェブ公開作品としては二作目になるそれに、とある人物の名前が出てきた。

 

 春原杏。

 

 今になって思い返せば、とても安易なカップリングだったと思う。朋也の嫁は智代異論は認めない、椋には公式に勝平がいる、渚はすでにフラレ済みとなれば、その当時僕の乏しい想像力を以てして考えれば、我らが愛すべき馬鹿、春原陽平の傍にいる女性は藤林杏しか見当たらなかった。

 書いてから結構悩んだ記憶がある。また違和感もあった。僕からしてみれば、藤林杏は坂上智代と同じくらい一途な乙女で、四捨五入なんかでカップリングを決めるのはあまりにもあんまりだったと思った。

 ならば、そんなありえない話を、誰もが納得するように説明すればいい。そう思い当たった。何か起こらない限りくっつかない二人なら、何かを起こせばいい。そしてトモトモーズ以上の凸凹カップルがどうやってそこまで辿り着いたのかを一歩ずつ語って行けばいい。いや、結果を書いてしまった以上、語って行かなければならない。

 そして考え付いたのが「彼女の福音」という作品だった。

 

 

 

 

もう一人の主人公、春原陽平

 

 春原陽平はある意味とても書きやすいキャラである。普段なら考えもつかないことを言って、普段なら考えもつかない結果を巻き起こして笑いをとる。そういう「舞台装置」としての春原は、まさに使い勝手のいい道具で、初期の作品でもそういう書き方をしていた。

 しかし、春原を主人公とした場合、それはもう舞台装置ではいられない。深みを持った一人の人物として書きあげなければならない。当初二十四話構成だった「彼女の福音」で、僕はいろいろ考えながらある人物像に思い当たった。
普段は覇気はなく、でもカッコよくは見えたい。馬鹿な事ばかりを言ったりしたりしているが、時々鋭いことを言ったりする。みんなに蹴られたり殴られたり馬鹿にされたりするが、それでもみんなと一緒にいて、みんなに思われている。そんなどうしようもなくカッコ悪くて敵わないほどカッコいいのが春原陽平という奴だった。

 キネマクラナ座が基準としている「智代アフター」及びアニメ版CLANNADの岡崎朋也は、ある意味僕たちが憧れる主人公だろう。みんなの悩みを解決していき、周りを巻き込んで奇跡のようなことを為す、ちょっと暗い過去のあるクールな好青年。そして愛する者のためならどんな努力も痛みも厭わず、想いは変わらない。これなら周囲の女性に憧れられるのも頷ける。為すべきことをする、超人めいた主人公が岡崎朋也である。

 その反面、春原陽平はどんな主人公だろうか。恐らくは為すべきことぐらいわかっているのに、結局はやりそびれたりポカをしたりする。しかし、どうしてもやらなければならない時、誰もやりたがらない、でもやらなきゃいけないことがある時、そんな時に立ちあがる男が春原陽平である。僕の中の春原は、超人めいた朋也とは別の、ある意味僕たちに最も近い主人公なのである。

 だから僕にとって春原はある意味とても書きづらいキャラである。その行動を書くにあたって、決して「為すべきこと」を考えて書いてはならない。決して完璧なキャラを書いてはいけない。書くのはあくまでもクラスで「その他多数」だった等身大の僕であり、また多数の読者でなければならない。他のキャラが恋愛にある程度馴れていたり素直だったのに対して、春原は僕たちみたいに不器用で素直じゃないところがなければいけない。

 最初の頃はこの書き分けが大変で上手く行かず、ただのやられキャラとして書いてしまった時もある。まぁ「彼女の福音」においてそうやって馬鹿な事をやった記憶も、杏と春原が一緒に過ごした大切な時間の一部と考えてもらえればありがたいのだがそれはともかく。結局、春原陽平というキャラクターは一年かけてスポットライトを浴びせても、ベストショットの撮れ難い、きわめて上級者向けの俳優だった。逆に言えば、一年かけて掘り下げることができてよかったと、そう思う。

 

 

 

 

春原×杏

 

 春原の良さにおいては、上記のとおりである。しかし問題はその良さがわかるまで時間がかかるということだった。いつもいい面を見せるわけではなく、どちらかというときらりと光るのはほんの少しだけ、後はむしろマイナスな発言が多い。

 というわけで、「彼女の福音」では二人が恋仲になるまで結構時間がかかった。また、恋愛感情も、長い付き合いなどで良い面も悪い面もわかっている成人後の世界と設定した。正確には春原は高校時代から杏の事が好きではあったが、そのままにしておいた、という設定になった。

 そのような設定のもとにできたのが、春原の想い人としての杏だった。恋愛感情を横に置いた杏は、原作のことみシナリオから発展させてどこか「楽しいこと」を追い求めるところがあるのではないか、という風にした。だから親友である智代と、そして朋也とも遊びに出かけるし、そして朋也の親友である春原とも行動を共にする。そしてそんな四人の時間が大切だと感じる。ある意味第二世代キネマクラナ座の核とも言えるのがこの四人である。

 杏の行動原理がある程度決められれば、シナリオ作りはあまり難しくはなかった。四人で行動しているうちに四人のうちの一人である春原を意識し(この四人は春原がいてこその四人である)、そしてふとしたきっかけで春原を好きになる。そして不器用かつ楮猛一進して恋仲になり、やがてプロポーズまでする。ただまぁ相手が相手なのでなかなかすんなりとはいかず、泣かせてしまったりとか、そういうプロセスをたどってゴール。

 では、杏は簡単に書けるキャラなのかと言えば、そうでもない。杏の本質はツンデレ、デレツン、天の邪鬼。智代のように全力で朋也まっしぐらというわけにはいかず、あと一歩のところを踏み込めなかったり、言いたいことを言えなかったり。しかしそれの繰り返しでは結局は破綻となってしまうので、デレているところは出したかった。このバランスは最初掴めていると思ったものの、読み返してみると杏の想いがあまり伝わっていないのではないか、という気がした。杏は陽平好き、超好き、陽平じゃなきゃダメ、でなければいけないのに、原案を読むと「あれ、いつの間にこんなに強い絆ができたの?」という違和感を感じた。麻枝氏ならともかく、読者に「あとは勝手に想像しな」ということは、僕にはできなかった。だから、最後の方では杏のイメージを崩さず、かつ甘甘という話も書いた。拙い出来ではあるが、杏の想いがわかってもらえたら幸いである。

 

 

 

 

広がる世界

 

 「彼女の福音」のもう一つの目的は、「LOST DAYS」やその前の作品が残した世界の穴を塞ごう、あるいはそれらが作り上げた世界を広げ深めよう、というものだった。みんなのよく知っている春原と杏であるから、渚のその後にも触れることができたし、無慈悲にもアニメで無視された勝平も書くことができた。また、トモトモーズのらぶらぶは相変わらずだし、「珈琲店の女」で少しばかり強引に書いてしまった有紀寧も補完することができた。そしてそれは二方向に効果を為したと思う。

 まず、読者の皆さんにはキネマクラナ座という世界、そしてその人物がよくわかってもらえたと思う。古河渚が相も変わらずパン屋で働きながらも家庭を築いたこと。椋が実はとても黒いこと。勝平の受難。有紀寧の「Folklore」。まだ二人だけだった岡崎家の日常。風子が相も変わらないこと。これらのポイントから、更に発展できるポイントもできた。そもそも古河悠馬ってどんな奴?柾子ちゃんはどんな子に育つんだろうか?ことみちゃんや風子嬢に恋の相手はできるのだろうか?これらに関しては、これからもよろしくお願いしますとしか言いようがない。

 そして僕にも影響はあった。二次創作に初めて触れた時、僕にはトモトモSSしか眼中になかった。他のキャラはあまり気にならなかったし、魅力もよく掴めていなかった。無論、話を書くにおいてこれでは不勉強もいいところだった。だから「彼女の福音」を書くにあたって、各キャラにまつわるエピソードをSS作家の先輩方の作品から集め、研究し、そしてそこから僕の中のキャラを構成していった。そして今まで慣れ親しんでいた朋也視点を最後まで使わずに置き、今まで使ったことのないキャラの視点から物語を語った。その結果、改めてCLANNADという作品の素晴らしさを実感し、また各キャラを理解咀嚼して愛することができた。「彼女の福音」が終わってから、作品にもう少し深みを持たせて書くことができるのではないかと、少しばかり自負している。まぁ、裏返せばこれからはもう下手は打てない、とも言えるのだが。

 

 

 

 

 

そして新たなる物語へ

 

 先ほど書いたとおり、「彼女の福音」は当初二十四話構成の、中編ぐらいの作品のはずだった。しかし、読者の皆様の励ましの言葉の前に、この構成は脆くも崩れ去った。

 ある読者は、この更新が週刊少年雑誌よりも楽しみだと言ってくれた。商業誌よりも期待されているという事実は責任として重くのしかかりつつも、希望として僕を励ましてくれた。

 また、ある読者は通勤前に読んで一日の元気を出している、と言ってくれた。毎日の仕事の中で、こんな作品が何らかの形で励ましとなれたのなら、物書きとしてこれほど嬉しい言葉はない。

 もう恐らく「彼女の福音」のような作品は書けないと思う。毎週5,000字から7,000字ほどの作品を書きあげてウェブに乗せて一年連載するということをもう一度する時間は、残念ながらないかもしれない。だけど、「彼女の福音」で得た物、それを今後の作品に生かすことが、これからの僕の為すべきことなのだと思う。

 

 さて、ここまで長らくお付き合いいただいた皆様、どうもありがとうございました。キネマクラナ座発足当初からサポートいただいたK.S様、毎週の更新にコメントをしてくださった熊野様、並びにまこ〜ん様、誠にありがとうございました。また、名を残さずカッコよくコメントを残してくださった皆様、並びに言葉にせずとも足繁く通って支えてくださった皆様、よくここまで一緒に来てくださいました。重ねがさね、本当にありがとうございました。

 

 これにて「彼女の福音」は終幕。また次の作品でお会いしましょう。

 

 

 

 

 

 さてと、新しい旅の始まりか。

 

 弐千壱拾年陸月弐拾陸日    クロイ≠レイ

 

 

 

 

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